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UNCHAIN DAYS アルゼンチン ブエノスアイレス〜チリ サンチアゴ 草臥れて
遡る事2011年11月14日からのお話

アルゼンチン入国。


ウホッ…!

スタンプ増えるとちょと嬉しい。
まず思った。暑い。
当初着ていたもの、オイルドコットンジャケット、インナーダウン、パーカー…
もう必要はないな。さっさと脱いでTシャツ一枚。
穴空き(アナーキー)ブーツも脱いでビーチサンダル!(池袋の100均で買ったやつ)
ぬはは、足かるいや。靴下がなくってスースーしやがる。

南米には「日本人宿」というものがある。
もしかしたらオートバイを買うための有力な情報が解るかもしれないし、
久々に活字を読みたい。インターネットで調べて電話をかけてみた。
私が今迄遭った日本人は旅人ではなく、現地に生活してる人々だった。
現在の旅人は、何を思うんだろうか。

行き先までタクシー。本当はバスがあったらしいが、私は「地球のサボり方」なんて持ってないので、一番確実な、強盗に遭いやすいらしいが確実なタクシーに乗り込む。

運転手「どこまで?」
ん、ん、あ、
そうか、スペイン語だ。わかんねえ。
私「英語、わかる?」
運「・・・・・・・・・・・・・・・・」

先行き不安だわ。しかも「英語わかる?」なんて嫌いな言葉を使ったよ。
大体おめえ何様だ?イギリスかぶれて来たのか?
軽く自己嫌悪になってきた。氏ね俺。

運「チョット、ダケネ。。。。」
私「ここ、ここ、(スマートホン大先生を運転手に提示)」
運「Si!Claro!No hay Problema!!!!!!!」(うん、もちろん、もんだいねえよ!)

って言っていたに違いない。
今はもう走りきった後だからスペイン語ある程度わかるようなったよ。
運転手は飛ばす飛ばす。フルアクセル、フルブレーキ。
おで、、、、こんな国で運転すんのかよ、、、、、、、、、

宿に到着。なんだか気怠そうな管理人さんに迎えられる。
細かい指示、指示。おお、日本っぽいなあ。
日本人、真面目だからな。こういうとこ来るとハメはずしすぎちゃいそうだね。

おおお、日本人、イポーニョ、ヤーバン、ジャパニーズだ。
日本語が聞こえるよ!すげえ!
でも、なんか様子が変だなあ。変。
気怠い、ってか排他的な空気。
うううん?そうか、日本人だからだ。

ヘルメットを見つけた旅行者、「バイクですか?」と。
「盗まれましたけどね、フフフ」

「え〜、かわいそ〜、もうそれしか荷物ないんですか〜?ええ〜?ええ〜??」
余計なお世話だ!ちきしょあらあああ!!ぶっこ(略

さっさと出発してしまいたくなったので(着いてまだ三時間しか経ってなかった)
もうその日からオートバイを探しに出かけた。
タクシーから流し目でアタリを付けていたので、何件かは目星がついていた。
が、どこも違う。オートバイ屋とはいえ、新車の中国車ばかりだ。
いいよこの際!ああ、スペイン語がわからねえ。
でもこいつは幾らだい?と尋ねる。
しかし英語で「No,No,君はアルゼンチン人じゃないから売れないよ」
と断られてしまった。
なんだよー、いいじゃんか、それよか住所のある中古バイクがいぐねべか?
宿に戻り、インターネットでブエノスアイレスのオートバイ屋をしらみつぶしに調べた。
日本は両親から入電。「レンタルでよぐねが?」
レンタル、、、あるね。ちょいと調べてみたら、おエクスペンシブなおプライス。
う〜ん、こりゃ駄目だ。借りた時点でハポンに帰れないよ。
一応連絡をしてみた。FACUNDOという男が相談に乗ってくれるようだ。

「安いのあるよ〜、インジェクションだし調子いいYAMAHA XTZ250だ。」
でもさ、盗まれたり、ハードに壊れて修復不能んなったらどうすんの?
「デポジットで賄えたらそれでOK。でも、たまに超えちゃう事あるよね〜」
彼のスパングリッシュは難しい。私の知ってるイングレスとはちょいと違う。
デポジットいくらや「3500USDだね〜」
うわ・・・・・レンタル料金が2000USDだしプラスしてみたら、



むりやで



私「ファクンドすまん、ちょい考えさせてくれ。高いわ」
ファ「おおさよか、ほなまた連絡くれや」

振り出しに戻る。やはり中古バイクを探す。
何件かあたってみる。当たって砕けてる。
やはり駄目だ、見つからねえ。

他の旅行者からは「もうバイクやめて普通の旅行したらどうですか〜?」って。
普通の旅?冗談じゃねえ。私はオートバイに乗るのが普通の旅だよ。
それも旅行じゃねえ、歩き方みながら観光地廻ったりなんてハナっから興味ないね。
自分の目で見て耳で聞いて、ガイドブックなんか観光名所なんか必要ない、最高の瞬間だらけなんだよ。

これでも色々な人の想い沢山背負ってたんだよ。
私は相馬市出身の友人宍戸さんと、宍戸さんに貰った「頑張るぞ相馬」のステッカーを思い出した。

やい盗んだ奴め、お前らはそれを盗んだ意味わかってんのか?
でも、お前らは私の気持ち迄盗めなかったようだな。
それと、色々な友人の託した想い迄は。

↑2012年3月現在まだ引きずってる奴の叫び

結局、オートバイを見つける事ができないまま5日間ぐらい経っていた。
このままどうすんだ?見つからなかったら、前に進まない。
ちくしょーちくしょーとずっと唸っていた。
いや、ここは私が見てきた色々な国の人々の心の豊かさを見習う。
見つからない時はどうあがいても見つからない。

しばし休息。当ても無く町彷徨う。





友人のユーキさんが「ブエノスアイレスは南米のパリ。町並みだけならロンドンよりカッコいいと思うよ」って言ってた。
私もそう思う。



どこにでも居るコイツこそが真の平和の使者かな。ショウヘイヘーイ!!!



あの、ここ、電車のホームなんですけど・・・・

他の旅行者とちょっと酒を飲んでみる、
旅行者は皆きっと話し好きなんだろうな。
アジアやアフリカの話で盛り上がっている。
私は黙って聞いていた。
ロシアで熊や野党に怯えながらキャンプをしていた日々とは、
あまりにもかけ離れた楽しい旅行話だった。
言葉が通じる事がこんなにも難しい事だなんて。

あくる日、黄熱病の予防接種をしに町へ。
その後だった。何だか体の調子が悪い。
咳もとまらず、熱っぽいな。
ああ、同室の風邪引き旅行者から貰っちゃったかもな。
あわせて黄熱病ワクチンも暴れているのかもしらん。
しかしなんだ、こんな処で。
あっという間に寝込んでしまった。
しかし、もう駄目だ!次の場所へ移動してから寝込んでやる!

ホライゾン・アンリミテッドや、WTJの情報掲示板を見ながら、次へと策を練る。

お、チリで中古バイク買って走った日本人が居るじゃないか。
バスを予約しようにも、バスと格安飛行機じゃ値段があまり変わらない。
ならば飛行機で。もう、体調は最悪だったから20時間近くバスに乗れる自信は無かったから。

私はブエノスアイレスを後にした。



草臥れて/村八分
本当にこんな曲ばかり浮かんだよ。
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UNCHAIN DAYS イギリス ロンドン〜アルゼンチン ブエノスアイレス AirPlane事件
遡る事2011年11月中頃の話

思いで詰まった地グレートブリテン島を離れる事にした。
行き先については、さんざ迷ったが南米。
ユーラシアと、グレートブリテンと、さんざ走った二万キロ。
見知らぬ土地の見知らぬ景色に怯えていた。
それよりも、飛行機移動だ。
まずなんだ、乗り遅れるんじゃないか、、、、、とか。

飛行機のチケットを購入。
処でこれどうやんの?と、クレアに相談。
「最近はインターネットで格安のチケットが買えるわよ」と。
ほ〜、そうなんだ。
こういう作業はバックパッカー達なら当たり前の事のようだな。
よしじゃあポチっと。ポチポチ。。。。。
・・・・・・・・・・
うまく行ったようだ。
UKポンドで約450ポンド。当時のレートで約54000円ぐらい。
他の人に聞いたらまずまずとのこと。やるじゃん!

出発前前日、カールが「朝飯やらないか」と連絡をくれたので、Acecafeへ出向く。
出向くにも足がねえや!と思ったら、カールがActonTownまで迎えに来てくれるとの事だった。
奴のベンベに二ケツ。ほんとこの国は足がねえと大変だべな!
一緒に飯を食べながらカール「出発いつや?」と明後日だと応える。
「もし賛成してくれるなら・・・・・・・・ライブ写真とってくれない?」
もちろん!と二つ返事。

その夜、ライブハウス、っていうより立派な飲み屋。日本でいうとなんてんだ?
うーん。



カール達ホーンセクション一派



いぃよなぁ〜(うんうん



はじまるぞッ!!(修造



カール



おっ?



…。



撮れとせがまれる。彼女は中国人かな。



盛り上がって来た。



そんなこんなで少し恩返しは出来たかな。
カールとは最後の抱擁。
「どうかイギリスを嫌いにならないでくれ。それと大きい鍵を買ってくれ。」
さらば友よ。また会おう。

アルゼンチンへ向かう日。
空港はGatwick。一度Heathrowへ行きバスだ。荷物は重い。。。
アンダーグランドはストライキ。おいおい、間に合わねえんだけど。
と、思っていたら、臨時でバスが出てる!ギリギリ乗り込む事が出来た!
そしてHeathrowでは、Gatwick行きのバスがなかなか来ない。
そもそもバス停が見つからない。時間がギリギリ。
どうなるんだ一体。寒い国だが一人汗だく。
バスがなんとか来たので、急いで乗り込む。
Gatwickに着いても走る。
ターミナルが北と南。バスの運転手もわからないそうだ。
違ったらどうすんの?残り一時間。なんとかチェックインを済ます。
が、ターミナルが反対。またも走る。なんだか走ってばかりだな。
焦っているけど荷物のチェックはうるさい。
MSRの小さな缶を手持ちに入れてしまっていた。
ガソリンは入ってないよと伝えても「NO」。
なんかいけ好かないおばはんだったので焦ってたし、イギリスにうんざりしていたため
「Shit!!!!!!」と言ってしまった。そしたらおばちゃん大激怒。
私は「聞き間違いだよ、あなたの」とか適当な事言って逃げたけどw
離陸予定時間の15分前、なんとか飛行機に乗る事が出来た。
これ読んでる人も疲れたかも。それぐらいドタバタでした。

飛行機の座席に座ると三分以内に眠ってしまった。
隣のねえちゃん、いびき五月蝿かったらスマソ。

トランジットでマドリッド。
少しばかし時間の余裕があるため、その辺でバゲットとコーヒーを買い一休み。
某氏に「バゲット食べるなんてシャレオツですな!」とかクサされそうだが、
ケチってんだよ。今回ユーラシア大陸三ヶ月の生活費35万。ふあははははは!!
んで飛行機待ち


・・・・・・
・・・・・・・・・・・
・・・・・・んん?



これが〜噂の〜突発的ストライキやがな〜!!!(やや彦摩呂)

飛ばないねえ。ねえ?
暇だからその辺の老夫婦に話しかけた。
そしたらスペイン語しかわからなくてごめんって返って来たよ。
うん、気にしないでくれ。

しかし老夫婦、バゲットをおすそ分けしてくれた。多分私のヒゲが長過ぎて
ホームレスか出稼ぎペルー人か間違えたんじゃなかろうか。
風呂には入ってるよ。。。

さらにそれから1時間経過。午前0時に飛ぶ飛行機は
午前2時にやっとこさゲートオープン!
みんな拍手喝采。はは、オープンだけで拍手。

機内にに入るやすぐ、眠りに耽った。
此の処乗り物という乗り物に乗ると、なんでも寝てしまう。
(最近、電車に乗ると寝過ごす事が多いよ)

昔、父のハーレーの後ろに乗せて貰ったら、眠りこけてしまった。
父はやや怒って「お前はもう乗せん」と言った。
私はそれからオートバイはずっと嫌いだったんだが、
今はそんな奴がオートバイでこんな旅をしている。

翌朝、初の南半球、アルゼンチン(英語で読むとアーゲンティナだってよ!)
ブエノスアイレスに到着。

続く・・・・




2012 2/20 日本入国 ホントの世界へ
ど〜もご観覧の皆様ご無沙汰しております。

まずは日本入国(あくまでも帰国じゃねーぜ!)のご報告を!
南米編も書くよ、書くよと思っていたんですが、、
思ったより早く日本入国、ダラダラ休んでようかと思ったら。
なんだかんだ仕事を下さる方々のおかげで
またもや生活が始まりました。ありがとうございます。

帰りの飛行機ん中で 「あ〜、早く風呂はいりてえ!ほんで散髪!ウォシュレットしたい!」と呪文のように唱えていたら大きい鞄が行方不明になっていました
(これはトランジットのNYで発見され、後日無事に実家に届きました。)

まじめな様でいい加減なウソの世界の報告書ですが、
「しゃー!帰ってきたししらねえよ!」なんて言わずに、
これから南米編書いていきますので良かったらよろしくお願いいたします。
(もうwi-fiがある宿を探したりしなくても電波があるぜ日本)

最後に、家族、友達みんな、ご観覧のみなさま、
応援ありがとうございました。
これに終わらず地球上全部オートバイで走り尽くすつもりです。
その時はまた応援よろしくお願いいたします。

2012年 3月27日 
ミノハラ ジュウゴ























・・・?

うんそうだ。告知をしなくては。

今回の写真のスライドショーを行います。



ミノハラジュウゴ Photo slide show
「みちのおわり The end of the road...?」


PHOTOGRAPH : Jugo Minohara
LIVE PAINT : Hama158cm
2012.3.31(sat) ASTRO 3-20-10 sendagaya shibuya-ku
OPEN 20:30 / START 21:30

入場無料ですが、いくらかのカンパをお願いします。
カンパいただいたお金は主に東日本大震災の被災に遭われた子供たちへ、
オペレーションコドモタチさん http://www.opkodomotachi.com/
を通して寄付をしたいと思っております。

僕が走ってきた、見てきた、聞いてきた、世界中の声。
少しでも届けたいと思っております。

皆様お誘い合わせの上、是非おいでください。

※千石のコーヒー専門店 ビーズコーヒー
様がコーヒーを無料で提供してくれることになりました、ありがとうございます。



UNCHAIN DAYS 旅の終わり?いいや、始まり。

ジェームズ•ナクトウェイの戦場の写真の夢を見た。
あまりにもリアルで、ベトコンのトラップに嵌って体が真っ二つになるところで目が覚めた。

ホステルの一階へ。

やはりバイクは無いね。







あぁ〜、とか、おぉ〜、とか体の中からなんかが抜けていった。

同時に、日本に帰れるね、なんて思っていた。

ホステルのスタッフのビクトリアが声をかけてきた。

「どうした、ブレイブマン。元気ねえな。ロシア越えの話を聴かせろよ」

「あんな、兄弟。わしのバイク、、、盗まれたくさいわ。」

「……落ち着け、落ち着こう。コーヒー飲むか?飲むな?ちょっと待ってろ」

ビクトリアは砂糖と牛乳のがんがん入ったイングリッシュコーヒーを持ってきて、すぐに踵を返した。

早口の英語で誰かと電話している。

「インシュランスはあるか?」
日本の物なら、と。
「レジスタレーションは?」
登録証書を出した。

「警察に電話した。今日は日曜だから明日行ってこい。その辺の奴がイタズラで持って行っただけかもしらん。」

ありがとう、と伝えると「ドイタマシテ。」と返ってきた。

別なスタッフが慌てておりて来て、寝癖だらけの頭で「おい、あんたのバイク昨日黒人五人がトラックに乗っけて行ったぞ!」

ビクトリアが「もうポリスに伝えたさ。もうちょっと早く起きてこいよ…」と。

どうやらイタズラだけじゃすまないようだ。

朝はカールと約束していた。カールに電話でそれを伝えると「シッティンアスホール!!!なんで俺の国でそんな…とにかく今日はわかった、ゆっくり休め!近々会おう!」

なんというか、気の抜けたコーラだ。きっとそんな顔をして居ただろう。どんな顔だったのかな。

日本のみんなはガッカリしただろうに。おれはまだ事態を呑み込めないままだった。

昼からはクレアと約束して居たので、ニュークロスと反対側の街へ。バスを三台も乗り継いだ。なんてことだ、バイクなら30分のところだぞ?
着いた所で、夕方近くになってしまった。全く土地勘の無い国、しかも小さな入り組んだ街でバスに乗っていくなんて、こんがらがった頭は余計にこんがらがっていった。

一つ決めたことは日本に帰ろう、そればかりだ。出汁の効いたうどんに、豚骨ラーメンに、日本酒だ。

クレアは知っていた。何故なら私はfacebookに覚束無い頭でstolen my motorbikeとだけ書いていたからだ。
彼女もなんて声をかけたらいいかわからなかったろう。とりあえずウマさんに電話をしてくれた。

電話を代わって、ウマさんの声を聞いた瞬間泣き出しそうになった。ウマさんだけじゃなくあのオートバイで廻った世界中の友人たちの声を聞いた気がしたからだ。

クレアは「暫く、ロンドンに住んでみたらどう?」と言ってくれたが、とてもじゃないがそんな気持ちになれなく、考えさせてくれとだけ言い放った。

「とにかく、ニュークロスを出なさいな。ゆっくり考えて見たら?」

住む事は念頭になくとも、考える事は重要で。考えるって何を?続けるか辞めるかを。

日本の友人からはTwitterやらEメールやらを沢山頂いた。
愉しませてもらった御礼にカンパさせて欲しいなんて言葉も頂いたが、そんな事をしてもらおう物なら、皆に顔向け出来ないからだ。

ダーレンにも連絡。とても悔しがっていた。ebayでもしバイク探すなら一緒に手伝うよと。詳しく聞いたらイギリスでオートバイを買うのは面倒なようだ。買えた処でヨーロッパはおろか、出国為るのはとても難儀なようだ。

翌日、警察署へ。
ポリスレポートだけ受け取ればいいとビクトリアが言っていた。
処が担当は早口なイングリッシュおばはん。ああうあうあうと拙い英語で内容を伝えたら、「インシュランス」と。
日本の物を出すと「これじゃない、グレートブリテンのものを」と。
そんな物、国境で聴かれなかったし持ってないよと。

「インシュランスなしで運転するのは違反容疑。奥へ来なさい」

長々説教と取り調べ。八時間近く拘束されてあたまんなかはぐちゃぐちゃだ。ポリスレポートはなんとか頂いた。

英雄扱いされたイングランドでどん底に。ここまで落ちたら後は這い上がるだけじゃないかと強がったがだめだ、力がでねえ。

その夜はビールを飲んでぼんやりしてた。横で黒人がなんか話しかけてくるが、無視。イギリスの黒人は大っ嫌いだ、こいつが犯人じゃないにしろ、目も合わせたくない。

「you speak english?」

英語圏の奴らはこれを最初に云う。最低な言葉だ。まるで、英語も話せねえなんて馬鹿野郎だなと詰る様な言葉。

頭にきたわたしは「うせろ、てめーらの仲間がおれのバイク盗んだんだよ、ファ○クオフ」と下品極まりない言葉を返してしまった。
心が荒めば荒むほどなんでもどうでもどうにでもって。黒人五人に囲まれた。やれよ、オラ。リンチにしやがれ。まだ痛いって感覚があるならマシだ。

ビクトリアが仲裁に「まーまー、兄さん方、落ち着きなさいな。ほれブレイブマン、チルアウトだ、外で一服するぜ、行こうよ」

外に連れ出された私。「だめだよ、彼奴らお前さん殺した処でなんとも思わねえ奴らだよ。気持ちは判るが落ち着けよ。」私はというと、彼奴ら許さねえ、不愉快な連中だとかぼやいていた。

「今日は寝ろ。明日チェックアウトだろ。早く此処をでるべきだ。」

私もそう思った。ActonTownという街のホステルを予約していた。

翌朝早めにチェックアウトを済まし地下鉄へ。なんて重い荷物だ。あいつは、ロシアからこんなものを背負って乗ってきたんだな。あぁ、ヘルメット嵩張るなあ、いっそ被っちまうか。

乗り継ぎをひーこら。宿に着くとイングリッシュパブ。あのー、ここホステルだよね?と訪ねたら、「おぉー、待っていたよ。さあ上に上がりな。今はイラン人とイタリア人四人が居る。ジャパンは初めてだよ、ははは」フレンドリーに出迎えられた。

部屋は綺麗だ。同室のイランの兄貴ホピ(ほんまにこんな名前)とイタリア人ロザリオが居た。ロザリオはまだ来て三週間で英語が難しいと嘆いていた。

ホピが「バイクできたのか?すげえな。バイクはどこだい?」

盗まれた。それだけ伝えた

「お前さん、ロンドンは好きか?」

嫌いだ。でも友達は好きだ。

「オレは大っ嫌いだ。こんな街。オレは仕事で仕方なく居る。観光にくる奴ら、夢を求めにくる奴らの気持ちはわからない。」

その通りだ。

「ビール飲むぞ。おいロザリオ、お前もだ」

ロザリオが「マンマミーヤ!」と大声あげた。あぁ、こやつ、本当にイタリア人なんだな。

下のビヤホールで散々呑んだ。沢山馬鹿話をした。私は英語は話せなかったが、旅をしながら覚えた。言葉を学ぶんじゃない、会話をする事で覚えるんだ。是非とも、みんな旅に出て欲しいと思う。言葉がわからないからとか尻込みする必要はない。気持ちなら、必ず伝わるからだ。

一つ決めた事があった、旅を続けよう、と。

どうやって?私はオートバイ以外では旅をしたくない。オートバイの旅だからこそ初めて世界と繋がったからだ。ガイドブックなんて必要はない。ただ走るだけが全てだからだ。

そうだ、アメリカでバイク買って中南米走り切った日本人が居たな。決まりだ。

しかし、アメリカは冬だ。なんなら、アルゼンチンからスタートだ。

私はすぐにアルゼンチン行きのチケットを買った。カールにも会ってその旨伝えるととても喜んでいた。

ここからがスタート。新しい大陸に向かった。これにて、ユーラシア、グレートブリテン編を終えようと思う。






※書きながら自分でも消化できたんだと思った。次回から南米編。今に追いつきます。





UNCAIN DAYS スコットランドその2〜ロンドン 事件発生
お久しぶりです。本年もよろしくお願いいたします。

残念なお知らせですがmacbook、iPhone、iPod touch全て壊れたので画像の更新ができなくなりました。

帰ってから全て書こうかとも思ったのですが、やはり、文章だけでもできる限りUPするのが務めだと思い立ったので、書き殴る事に致しました。これからも駄文散文にお付き合いいただきますよう、よろしくお願いいたします。

さて、続きを。

スコットランドでキャンプをしながら、三日間、存分に楽なツーリングを楽しんだ。
これからの行き先、陸路で東南アジアを目指すなどと呆然に考えていた。

ウマさんたちが居るダンフリーズに戻るとウマさんの息子、ジェーミンが御出迎え。
ジェーミンはドイツからヒッチハイクでオランダを目指して、先程ダンフリーズに帰ってきたのだと。

彼の旅は、スイスで葡萄を収穫するアルバイトの元手で、できる限り低予算で帰ってくるとの事。
東ドイツは英語がなかなか通じないから、なかなか苦労したのだという。年も同じだし、彼は十歳まで大阪に居たから関西弁もペラペラ。遅く迄ウマさんと三人で色々な話をした。

翌日、彼らの居るアラントンハウスにボランティアスタッフが多勢。
庭の手入れや畑仕事をするというので一緒に手伝った。

語り部のジョンは、スコットランド英語をゆっくり話してくれるので、同時に英語の勉強にもなる。
私はというと、名も知らぬ植物の棘に刺さってしまい悶えていて、ジョンの教えで砂で擦って直していた。

ジェーミン、君は最初スコットランドに来た時、どんな気持ちだったんだ?

「嫌いで仕方なかったよ。アラントンはもっとボロボロ。みんなのおかげでやっとここまで直った。言葉?は悔しいからたくさん勉強したよ。当初はみんな僕の顔をみてチャイナチャイナというから腹が立ったんでね。しばいたろか云うても通じないやん?当初は荒れに荒れまくっていたよ」

ハーフの人は当たり前の様に言葉を二つ話せるんだと思っていた。
やはり、なんでも努力しなきゃならねんだよなあ。ジェーミンはきっと人一倍努力をしたのだろう。それがひしひしと伝わって来た。

居る間はジェーミンと様々な話をした。何故、日本の大人はロリコンアイドルが好きなのかとか、互いが好きな音楽や映画や本の話。

「どうしてjugoは旅にでたの?」

それは、














その答えは曖昧に返したかもしれない。
パタゴニアを走り切り、ウスアイアへ。
小さな革命を起こす為にと今は思う。
そうとも、オートバイに初めて乗ったあの日から、革命家だ。

やがて出発の日。チタの彼らと別れたぐらい、悲しい別れだ。
キャロラインさん、ウマさん、ジェーミンと並んで自分のオートバイと一緒に撮った。

ジェーミンは一冊本を持してくれた。
桃井和哉著、辺境からのEメールという本だった。

「読んだ本は誰かにあげるものだ」

このセリフはとても響いた。

時間はあまり早くなかった、
冬のスコットランドはもうじき暗くなるところ。湖水地方でテントを貼って一泊。

翌朝、小さな雨が降っていたがお構いなしに出発。
なんて憂鬱な天気なんだろう。雨脚が非常に強くなり、一日でロンドンに着くのを諦めた。
バーミンガム周辺のコベントリーでキャンプ場を探し、時間も遅かったからレセプションも閉まっていたが勝手にin。

ところが、設営を終えて眠ろうとすると、銀色のベンツがハイビーム。大きな声でハロー!!!!と。何事や?と出ると、

「うちのキャンプ場はテント禁止です。でも仕方ないので今日は特別に泊めてあげます。20ポンドください」

あの〜…テント禁止のキャンプ場なんて初めてなんですが。。。
20ポンド?ふつー、キャンプ場なんて5ポンド程度だろ?なんだよこいつ…
渡された紙をよく見たら「イングランド優良キャンプ場一位」…
シャワーは汚い、洗濯機はない、よくこれでこの値段でいけしゃあしゃあと…

スコットランド紙幣の20ポンドを渡すと「スコティッシュ…チッ(舌打ち」

イングランドにはガッカリしたよ。

翌朝、さっさと出発しようと準備。隣のモーターホームの老夫婦が「昨日は大変だったのう」と声を掛けてくれた。コーヒー飲んで行きなさいよとイングリッシュコーヒーを頂く。

「俺の日本の友人は津波で亡くなってしもた。だから、君がただ一人日本の友人だよ。これからもどうか良い旅を続けておくれ。」

老夫婦はスコットランドから旅行に来ていた。こんなに暖かい言葉を掛けてもらえるなんて。

キャンプ場を後にして、わざわざバーミンガムに来たのはナショナルモーターサイクルミュージアムを見る為。

コベントリーはトライアンフの故郷だ。日本で待ってる自分のオートバイの、故郷。

ミュージアムは、、、写真が載せれたら一番良いのだが、まあまた今度。
戦前からイギリスのオートバイがずらりと。
トライアンフはもちろん、ノートン、ビンセント、AJS、ブやのラフシューペリア。普段御目にかかれないマン島レーサーものまで沢山観れた。
一日にしてオートバイと歴史の関係を垣間見た気がする。

隣のレストランにはインドからのお偉いさん。テレビにプレスにごった返す。

イギリスの高速M1をひたすら南下。ロンドンまで15kmというところ。渋滞。
モスクワ並みというか、モスクワ以上と言ったら良いのか。東京の渋滞なんぞ比にならない。
宿は予約していたから問題なかったが、
夕方、ウクライナ、ポーランドと三回目の再会、ラーデクだ。どうにも間に合わないから、その旨公衆電話で伝える。家で待っててもらう様に伝えた。

ニュークロスというテムズ川南の街、黒人街だ。
治安もあまり良くなさそう、良い予感こそしなかったがホステルはウエルカムな感じ。まずまずだな。翌日はカール、ジェーミンの姉クレアと会う約束をしていた。

ホステルにて、荷物を降ろす、バイクにはちゃんとカギをかけて出掛けた。
ラーデクの家はまあ近くて2マイル程度。そんなら歩いて行くかと。

夜のロンドンを歩く。あまり良い感じではない。誰とも目を合わさずそそくさと抜ける。
この街に負けなければ、また東京でも暮らせるだろうと考えていた。

やつの家に。なんと日本人の彼女を連れていた。
「お前、手が早いな」とか適当な話をしながら、なんとも。
ラーデクは酒を飲まないから、お菓子とお茶だ。奴は男前ではあるがやや腹が出てる。まぁ、どーでも良い話だ。お菓子は控えろとかそんな中身の無い話をしてホステルへ。

ホステルへ。ホステルへ。…

バイクが、無いね。

うん、無い。あー、そうだ、疲れてるからだわ。

なんかの見間違いかな、きっとそうだな、

それか、イタズラかな、持ってったんなら返しなさいよ、、、

とりあえず眠る事にした。

つづく。



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HN:
Minohara"UNCHAIN"Jugo
性別:
男性
職業:
ワールドルンペン
趣味:
music & motorcycle
自己紹介:
このたびの災害により、被災または避難された皆様におかれましては、心からお見舞い申し上げます。

震災当時の会社のずさんな対応(主に上司の)に辟易とし、辞表を叩きつけたので、
2011 8/27よりオートバイにてユーラシア大陸横断へ行ってきます。この行動が日本復興への何か足がかりになればと思っております。
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