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明日はどっちだ?
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UNCHAIN DAYS 旅の終わり?いいや、始まり。

ジェームズ•ナクトウェイの戦場の写真の夢を見た。
あまりにもリアルで、ベトコンのトラップに嵌って体が真っ二つになるところで目が覚めた。

ホステルの一階へ。

やはりバイクは無いね。







あぁ〜、とか、おぉ〜、とか体の中からなんかが抜けていった。

同時に、日本に帰れるね、なんて思っていた。

ホステルのスタッフのビクトリアが声をかけてきた。

「どうした、ブレイブマン。元気ねえな。ロシア越えの話を聴かせろよ」

「あんな、兄弟。わしのバイク、、、盗まれたくさいわ。」

「……落ち着け、落ち着こう。コーヒー飲むか?飲むな?ちょっと待ってろ」

ビクトリアは砂糖と牛乳のがんがん入ったイングリッシュコーヒーを持ってきて、すぐに踵を返した。

早口の英語で誰かと電話している。

「インシュランスはあるか?」
日本の物なら、と。
「レジスタレーションは?」
登録証書を出した。

「警察に電話した。今日は日曜だから明日行ってこい。その辺の奴がイタズラで持って行っただけかもしらん。」

ありがとう、と伝えると「ドイタマシテ。」と返ってきた。

別なスタッフが慌てておりて来て、寝癖だらけの頭で「おい、あんたのバイク昨日黒人五人がトラックに乗っけて行ったぞ!」

ビクトリアが「もうポリスに伝えたさ。もうちょっと早く起きてこいよ…」と。

どうやらイタズラだけじゃすまないようだ。

朝はカールと約束していた。カールに電話でそれを伝えると「シッティンアスホール!!!なんで俺の国でそんな…とにかく今日はわかった、ゆっくり休め!近々会おう!」

なんというか、気の抜けたコーラだ。きっとそんな顔をして居ただろう。どんな顔だったのかな。

日本のみんなはガッカリしただろうに。おれはまだ事態を呑み込めないままだった。

昼からはクレアと約束して居たので、ニュークロスと反対側の街へ。バスを三台も乗り継いだ。なんてことだ、バイクなら30分のところだぞ?
着いた所で、夕方近くになってしまった。全く土地勘の無い国、しかも小さな入り組んだ街でバスに乗っていくなんて、こんがらがった頭は余計にこんがらがっていった。

一つ決めたことは日本に帰ろう、そればかりだ。出汁の効いたうどんに、豚骨ラーメンに、日本酒だ。

クレアは知っていた。何故なら私はfacebookに覚束無い頭でstolen my motorbikeとだけ書いていたからだ。
彼女もなんて声をかけたらいいかわからなかったろう。とりあえずウマさんに電話をしてくれた。

電話を代わって、ウマさんの声を聞いた瞬間泣き出しそうになった。ウマさんだけじゃなくあのオートバイで廻った世界中の友人たちの声を聞いた気がしたからだ。

クレアは「暫く、ロンドンに住んでみたらどう?」と言ってくれたが、とてもじゃないがそんな気持ちになれなく、考えさせてくれとだけ言い放った。

「とにかく、ニュークロスを出なさいな。ゆっくり考えて見たら?」

住む事は念頭になくとも、考える事は重要で。考えるって何を?続けるか辞めるかを。

日本の友人からはTwitterやらEメールやらを沢山頂いた。
愉しませてもらった御礼にカンパさせて欲しいなんて言葉も頂いたが、そんな事をしてもらおう物なら、皆に顔向け出来ないからだ。

ダーレンにも連絡。とても悔しがっていた。ebayでもしバイク探すなら一緒に手伝うよと。詳しく聞いたらイギリスでオートバイを買うのは面倒なようだ。買えた処でヨーロッパはおろか、出国為るのはとても難儀なようだ。

翌日、警察署へ。
ポリスレポートだけ受け取ればいいとビクトリアが言っていた。
処が担当は早口なイングリッシュおばはん。ああうあうあうと拙い英語で内容を伝えたら、「インシュランス」と。
日本の物を出すと「これじゃない、グレートブリテンのものを」と。
そんな物、国境で聴かれなかったし持ってないよと。

「インシュランスなしで運転するのは違反容疑。奥へ来なさい」

長々説教と取り調べ。八時間近く拘束されてあたまんなかはぐちゃぐちゃだ。ポリスレポートはなんとか頂いた。

英雄扱いされたイングランドでどん底に。ここまで落ちたら後は這い上がるだけじゃないかと強がったがだめだ、力がでねえ。

その夜はビールを飲んでぼんやりしてた。横で黒人がなんか話しかけてくるが、無視。イギリスの黒人は大っ嫌いだ、こいつが犯人じゃないにしろ、目も合わせたくない。

「you speak english?」

英語圏の奴らはこれを最初に云う。最低な言葉だ。まるで、英語も話せねえなんて馬鹿野郎だなと詰る様な言葉。

頭にきたわたしは「うせろ、てめーらの仲間がおれのバイク盗んだんだよ、ファ○クオフ」と下品極まりない言葉を返してしまった。
心が荒めば荒むほどなんでもどうでもどうにでもって。黒人五人に囲まれた。やれよ、オラ。リンチにしやがれ。まだ痛いって感覚があるならマシだ。

ビクトリアが仲裁に「まーまー、兄さん方、落ち着きなさいな。ほれブレイブマン、チルアウトだ、外で一服するぜ、行こうよ」

外に連れ出された私。「だめだよ、彼奴らお前さん殺した処でなんとも思わねえ奴らだよ。気持ちは判るが落ち着けよ。」私はというと、彼奴ら許さねえ、不愉快な連中だとかぼやいていた。

「今日は寝ろ。明日チェックアウトだろ。早く此処をでるべきだ。」

私もそう思った。ActonTownという街のホステルを予約していた。

翌朝早めにチェックアウトを済まし地下鉄へ。なんて重い荷物だ。あいつは、ロシアからこんなものを背負って乗ってきたんだな。あぁ、ヘルメット嵩張るなあ、いっそ被っちまうか。

乗り継ぎをひーこら。宿に着くとイングリッシュパブ。あのー、ここホステルだよね?と訪ねたら、「おぉー、待っていたよ。さあ上に上がりな。今はイラン人とイタリア人四人が居る。ジャパンは初めてだよ、ははは」フレンドリーに出迎えられた。

部屋は綺麗だ。同室のイランの兄貴ホピ(ほんまにこんな名前)とイタリア人ロザリオが居た。ロザリオはまだ来て三週間で英語が難しいと嘆いていた。

ホピが「バイクできたのか?すげえな。バイクはどこだい?」

盗まれた。それだけ伝えた

「お前さん、ロンドンは好きか?」

嫌いだ。でも友達は好きだ。

「オレは大っ嫌いだ。こんな街。オレは仕事で仕方なく居る。観光にくる奴ら、夢を求めにくる奴らの気持ちはわからない。」

その通りだ。

「ビール飲むぞ。おいロザリオ、お前もだ」

ロザリオが「マンマミーヤ!」と大声あげた。あぁ、こやつ、本当にイタリア人なんだな。

下のビヤホールで散々呑んだ。沢山馬鹿話をした。私は英語は話せなかったが、旅をしながら覚えた。言葉を学ぶんじゃない、会話をする事で覚えるんだ。是非とも、みんな旅に出て欲しいと思う。言葉がわからないからとか尻込みする必要はない。気持ちなら、必ず伝わるからだ。

一つ決めた事があった、旅を続けよう、と。

どうやって?私はオートバイ以外では旅をしたくない。オートバイの旅だからこそ初めて世界と繋がったからだ。ガイドブックなんて必要はない。ただ走るだけが全てだからだ。

そうだ、アメリカでバイク買って中南米走り切った日本人が居たな。決まりだ。

しかし、アメリカは冬だ。なんなら、アルゼンチンからスタートだ。

私はすぐにアルゼンチン行きのチケットを買った。カールにも会ってその旨伝えるととても喜んでいた。

ここからがスタート。新しい大陸に向かった。これにて、ユーラシア、グレートブリテン編を終えようと思う。






※書きながら自分でも消化できたんだと思った。次回から南米編。今に追いつきます。





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UNCAIN DAYS スコットランドその2〜ロンドン 事件発生
お久しぶりです。本年もよろしくお願いいたします。

残念なお知らせですがmacbook、iPhone、iPod touch全て壊れたので画像の更新ができなくなりました。

帰ってから全て書こうかとも思ったのですが、やはり、文章だけでもできる限りUPするのが務めだと思い立ったので、書き殴る事に致しました。これからも駄文散文にお付き合いいただきますよう、よろしくお願いいたします。

さて、続きを。

スコットランドでキャンプをしながら、三日間、存分に楽なツーリングを楽しんだ。
これからの行き先、陸路で東南アジアを目指すなどと呆然に考えていた。

ウマさんたちが居るダンフリーズに戻るとウマさんの息子、ジェーミンが御出迎え。
ジェーミンはドイツからヒッチハイクでオランダを目指して、先程ダンフリーズに帰ってきたのだと。

彼の旅は、スイスで葡萄を収穫するアルバイトの元手で、できる限り低予算で帰ってくるとの事。
東ドイツは英語がなかなか通じないから、なかなか苦労したのだという。年も同じだし、彼は十歳まで大阪に居たから関西弁もペラペラ。遅く迄ウマさんと三人で色々な話をした。

翌日、彼らの居るアラントンハウスにボランティアスタッフが多勢。
庭の手入れや畑仕事をするというので一緒に手伝った。

語り部のジョンは、スコットランド英語をゆっくり話してくれるので、同時に英語の勉強にもなる。
私はというと、名も知らぬ植物の棘に刺さってしまい悶えていて、ジョンの教えで砂で擦って直していた。

ジェーミン、君は最初スコットランドに来た時、どんな気持ちだったんだ?

「嫌いで仕方なかったよ。アラントンはもっとボロボロ。みんなのおかげでやっとここまで直った。言葉?は悔しいからたくさん勉強したよ。当初はみんな僕の顔をみてチャイナチャイナというから腹が立ったんでね。しばいたろか云うても通じないやん?当初は荒れに荒れまくっていたよ」

ハーフの人は当たり前の様に言葉を二つ話せるんだと思っていた。
やはり、なんでも努力しなきゃならねんだよなあ。ジェーミンはきっと人一倍努力をしたのだろう。それがひしひしと伝わって来た。

居る間はジェーミンと様々な話をした。何故、日本の大人はロリコンアイドルが好きなのかとか、互いが好きな音楽や映画や本の話。

「どうしてjugoは旅にでたの?」

それは、














その答えは曖昧に返したかもしれない。
パタゴニアを走り切り、ウスアイアへ。
小さな革命を起こす為にと今は思う。
そうとも、オートバイに初めて乗ったあの日から、革命家だ。

やがて出発の日。チタの彼らと別れたぐらい、悲しい別れだ。
キャロラインさん、ウマさん、ジェーミンと並んで自分のオートバイと一緒に撮った。

ジェーミンは一冊本を持してくれた。
桃井和哉著、辺境からのEメールという本だった。

「読んだ本は誰かにあげるものだ」

このセリフはとても響いた。

時間はあまり早くなかった、
冬のスコットランドはもうじき暗くなるところ。湖水地方でテントを貼って一泊。

翌朝、小さな雨が降っていたがお構いなしに出発。
なんて憂鬱な天気なんだろう。雨脚が非常に強くなり、一日でロンドンに着くのを諦めた。
バーミンガム周辺のコベントリーでキャンプ場を探し、時間も遅かったからレセプションも閉まっていたが勝手にin。

ところが、設営を終えて眠ろうとすると、銀色のベンツがハイビーム。大きな声でハロー!!!!と。何事や?と出ると、

「うちのキャンプ場はテント禁止です。でも仕方ないので今日は特別に泊めてあげます。20ポンドください」

あの〜…テント禁止のキャンプ場なんて初めてなんですが。。。
20ポンド?ふつー、キャンプ場なんて5ポンド程度だろ?なんだよこいつ…
渡された紙をよく見たら「イングランド優良キャンプ場一位」…
シャワーは汚い、洗濯機はない、よくこれでこの値段でいけしゃあしゃあと…

スコットランド紙幣の20ポンドを渡すと「スコティッシュ…チッ(舌打ち」

イングランドにはガッカリしたよ。

翌朝、さっさと出発しようと準備。隣のモーターホームの老夫婦が「昨日は大変だったのう」と声を掛けてくれた。コーヒー飲んで行きなさいよとイングリッシュコーヒーを頂く。

「俺の日本の友人は津波で亡くなってしもた。だから、君がただ一人日本の友人だよ。これからもどうか良い旅を続けておくれ。」

老夫婦はスコットランドから旅行に来ていた。こんなに暖かい言葉を掛けてもらえるなんて。

キャンプ場を後にして、わざわざバーミンガムに来たのはナショナルモーターサイクルミュージアムを見る為。

コベントリーはトライアンフの故郷だ。日本で待ってる自分のオートバイの、故郷。

ミュージアムは、、、写真が載せれたら一番良いのだが、まあまた今度。
戦前からイギリスのオートバイがずらりと。
トライアンフはもちろん、ノートン、ビンセント、AJS、ブやのラフシューペリア。普段御目にかかれないマン島レーサーものまで沢山観れた。
一日にしてオートバイと歴史の関係を垣間見た気がする。

隣のレストランにはインドからのお偉いさん。テレビにプレスにごった返す。

イギリスの高速M1をひたすら南下。ロンドンまで15kmというところ。渋滞。
モスクワ並みというか、モスクワ以上と言ったら良いのか。東京の渋滞なんぞ比にならない。
宿は予約していたから問題なかったが、
夕方、ウクライナ、ポーランドと三回目の再会、ラーデクだ。どうにも間に合わないから、その旨公衆電話で伝える。家で待っててもらう様に伝えた。

ニュークロスというテムズ川南の街、黒人街だ。
治安もあまり良くなさそう、良い予感こそしなかったがホステルはウエルカムな感じ。まずまずだな。翌日はカール、ジェーミンの姉クレアと会う約束をしていた。

ホステルにて、荷物を降ろす、バイクにはちゃんとカギをかけて出掛けた。
ラーデクの家はまあ近くて2マイル程度。そんなら歩いて行くかと。

夜のロンドンを歩く。あまり良い感じではない。誰とも目を合わさずそそくさと抜ける。
この街に負けなければ、また東京でも暮らせるだろうと考えていた。

やつの家に。なんと日本人の彼女を連れていた。
「お前、手が早いな」とか適当な話をしながら、なんとも。
ラーデクは酒を飲まないから、お菓子とお茶だ。奴は男前ではあるがやや腹が出てる。まぁ、どーでも良い話だ。お菓子は控えろとかそんな中身の無い話をしてホステルへ。

ホステルへ。ホステルへ。…

バイクが、無いね。

うん、無い。あー、そうだ、疲れてるからだわ。

なんかの見間違いかな、きっとそうだな、

それか、イタズラかな、持ってったんなら返しなさいよ、、、

とりあえず眠る事にした。

つづく。



早いもんで



今年一番聴いた曲


気づいたら2011年も間もなく終わる。
あの大災害からも九ヶ月。私は旅に出てもう五ヶ月目。
去年の今頃、私はここにいる事を想像できただろうか。

私は三月には帰国するでしょう。
そして、日本の素晴らしさも再認識すると同時にガッカリもするでしょう。

皆様、良いお年を。
そしてこの不定期なレポートを来年も宜しくお願いします。

日本の真裏、CHILE@Viña del marより
Minohara Jugo



UNCHAIN DAYS スコットランドその1
なるべくして年内の事は年内のうちに…

ロンドンを早朝に出発した。網の目のような道路を駆け巡り、イギリスのメインハイウェイM1というに乗る。

カールの友人のウマさんに会うために。
ウマさんは大阪は八尾市から奥さんのキャロラインさんと、キャロラインさんの故郷、スコットランドに移住した。

旅で一番変化したのは友達の感覚。友達の友達もやはり友達なのだ。
今まで会った友人達は遠い距離を駆け抜けてもずーっと友達なのである。

道の途中、"Wellcome to Scotland"と出てくる(こっちの夜は街頭も何もないので写真は撮れません)約600km、冬に差し掛かった土砂降りのグレートブリテンを駆け抜け、初めの街ダンフリーズという街へ差し掛かった。

ウマさんに暖かく出迎えてもらう。
日本から遠路遥々、シベリアを抜けて来た私の為に、巻き寿司と餃子鍋と、日本酒を振る舞ってもらった。

ウマさんはこの突然やってきた私にいろいろなお話をしてくださった。
キャロラインさんとの結婚のプロセスや、移住の話、イングランド、スコットランドの話、お酒やオートバイのお話を。

そして、ポン酢で頂いた餃子鍋や、新鮮なサーモンのお寿司と日本酒は、何よりも美味しくて涙がちょちょぎれた。

この次の日はマークの紹介の元、RED TORPEDのビルの元へ。
グラスゴー空港へオートバイを走らせた。
出発直前にキャロラインさんが「GrassgowAirportは二つあるわよ!」と。

まずいな…どっちだ。私は携帯電話が無いし、あったとしても英会話の通話がとても大変なのを知っている。
「Maybe、internationalよ!citycenterを目指してね!」

キャロラインさん日本語をほとんど忘れてしまったとか。だが、私に頑張って話してくれる。ウマさんとの会話はキャロラインさんは英語、ウマさんは日本語で返すという大変ファニーな感じ。
国際結婚ってすごいなぁ。

昼間のスコットランドを駆け抜ける。
なんと道が素晴らしい事か。
永遠に続く綺麗なワインディングを登ると天国まで続いて行きそうだ。
気分はすでにウェールズラリー。牧草地帯を駆け登る。
空港へ向かう高速道路を走ると、オートバイは止まってしまった。
トラブルか?と覗くとガソリンがスッカラカン。序盤にぶん回し過ぎたのであった。

数キロ押すとパーキングエリアがあり、給油。遅れてしまうので公衆電話からビルへ連絡した。
グラスゴー空港へ到着。
ビルと相棒のコリンは待っていてくれた!

「よく来たな日本人!お前みたいなやつは初めてだ!」

いきなり抱擁。私はチビではないが、でかい!(縦に)ビルはまさにビッグファザーだった。
スコティッシュイングリッシュはアクセントが全然違うし彼らはあまりに早口なので、会話が難しいなぁ、なんて考えていたが彼らはそんな事を気にするでもなく、遠くから来た私を暖かく出迎えてくれた。



ビルとコリン。ファクトリー前にて。

REDTORPEDのファクトリーはグラスゴー空港外れの倉庫街の一部分にあった。



新商品の打ち合わせに付き合ってくれと。
日本人はどれぐらいのサイズがいいと思うか?ときかれて、欧州Sサイズぐらいが一番売れるんじゃないかと。
ビーチク透けるぐらいのピチT…

いくつかウェアを提供してもらい、彼らのファクトリーを後にした。

「今度はマンクスTTの時期に来いよ!」

帰り道、パーキングでウマさんが作ってくれたお弁当のおにぎりを食べた。
誰かがが握ってくれたおにぎりとても久しぶりで、あまりにも美味しくて、少し泣いた。


その夜、ウマさんの友人のジェイク、北さんに会う。



左から 北さん、ジェイク、キャロラインさん

二人ともオートバイジャンキーだそうなので、ウマさんが私の話をしたら「是非会いたい!」と。
北さんは古いカワサキのW1とSR500を所持していて、エンジンのレストアまで自らで行う程。

ジェイクも最新のホンダのスーパースポーツと、50'sのトライアンフT100を乗り壊して(笑)いるそうな。
しかし、ジェイクのホンダはエディンバラで盗難にあったそうな。こんな平和な国で、なんで??と。

「先進国の方が、よく盗まれるんだ」

ジェイクはまだ立ち直ってないのか、悲しそうに答えた。
その意味を理解したのは後程の事だった。
ジェイクが、良い道があるよとスコットランドの地図を取り出して色々教えてくれた。
グレンコウという国道A86,85(スコットランドの国道はA◯◯ 県道みたいのはB◯◯◯と表記される)はとにかく素晴らしいから行って来いと。それはウマさんも北さんも口を揃えて言っていた。

「今はシーズンじゃないから、下見程度ツーリング行っておいでよ。」

夏の白夜のこの国は、日付けが変わっても明るいのだとか。
この時は四時半から薄暮、五時から日没。街頭も何もないので、夜走るのは車でも大変なのだとか。

北さんからは、「もし南米くるなら」と連絡先を頂いた。なんと北さんはペルーで水産を教えているのだそうだ。

「南米(特にペルー)は、運転が荒いから気をつけるんだよ…」

ロシアも含めて、ヨーロッパの運転マナーは非常に良かった。
少し不安になる…

この日は楽しいところでお開き。



この日は鍋。ウマさんの料理はとても美味しい。

その翌朝私はスコットランドをツーリングしに向かった。

「二日後、君と同い年の私の息子が帰ってくる。それに合わせてウチに戻っておいで」









ちなみにここもイギリスルールで左側通行です。

楽しみすぎて、寝床は決めてなかった。
でも、暗い中決まらなくても別に焦らなくなってる。

この日は



海辺のパーキングにて。

引き続き、私は真北へ向かって走り続けた。

その2へ続く。
UNCHAINDAYS ドイツ デュッセルドルフ 〜 オランダ アムステルダム 〜 イギリス ロンドン
午前と午後の境目だった。

太陽は丁度真上で、影は垂直にできている。

タイヤもチェーンも何もかもが新しいオートバイは大変気持ちよくドイツの大渋滞を駆け抜け、右側からアウトバーンに入った。

オランダ国境まで100km。国境とは言え、ただ通過するだけだ。
写真を撮りたかったが、高速の路側帯でバイクを止めてる所を警察に捕まるのは勘弁だった。



オランダ。ホーランド、ネイザーランド。この国はあまり関心がない。マリファナが吸えるってぐらい。

出来ればこの日のうちにイギリスに行けるだろうか、とも考えた。

焦っても仕方ないので、パーキングで地図、それとイギリスに行くにはどうしたらいいのかを調べる。

気付けば暗くなって来た。最近は日没がとても早い。

モーテルを探してみたが、週末で安い部屋がなかった。
ある別なモーテルでは、イエロースキンゴーホームだと。舐めやがって。

「謝れよ」
とすごんだがこいつも強気。
「はよ去れ。警察呼ぶぞ」
もう一度静かに「謝れ」

そしたら支配人がきて代わりに謝ってきた。この腹がたつレセプションは怒鳴られて別な支配人に殴られていた。

部屋を用意すると言ってくれたがそんな事をいう奴がいるホテルなんぞ泊まれませんよと丁寧に断る。

こういう舐めた奴から食い下がっちゃいけません。言葉はわからなくても兎に角怒ってください。

うっし、野宿や。デュッセルドルフでさらに腑抜けたからな。旅の気持ちに戻すぞう。



高速のパーキングの奥地。人に見つからぬよう奥まった所へ。

朝は寒かったが身体は調子よかった。
イギリスへの船がでているロッテルダムの近くへ。Hook of Hollandという港。



日本海を出発して大西洋を見る事に成功した!とりあえず、ユーラシア大陸は横断しちまったんだな〜 なんて。

なんていうかこの頃、ロシアが恋しくて仕方がなかったのだ。

危ないけど自然の雄大さを知り、そして人の優しさに触れる事ができたし。

もうロシア程感動しないんだろうな…
なんて思いながらイギリスへ。

イギリスの目的は頼まれたお土産を買いに。
先に言っときます、買えませんでした、すみません。あんな事が起きちまったんで…



海側。国境ゲートを後に。



鳥取以来だなこれも!くききき!



出港‼‼‼‼



おー水平線だ。ゆがんでるけど…

船でおよそ8時間。ぐっすり眠ってしまった。夜8時。イギリスはイングランド。イングランドはハーウィッチへ到着。

入国スタンプも押され、ゲートを抜けて走り出す…あ!左側走行!



夕食。いわゆるフィッシュアンドチップス。

B&Bの脇にテント張ろうとしたら「とまってけよ」なんて。いや、高いですよね?って聞いたら安くしてくれた。「わし、旅人には優しいけん」

なんか良い事あんじゃね?



左側走行の図。

この日のは一泊だけホステルに。モスクワほどじゃないが街中はクレイジーである。レコード屋とバイク屋の情報を集めて…

翌日。バイク乗りの聖地へ



イギリス製のオートバイも好き、セパハンも好き。だけど廻りに重度なファンが多過ぎて引いてた僕。

どうせなら代わりに行って羨ましがらせてやれ。







イギリス製のタックスプレート。
現行のオートバイにもつける義務があり、地元オートバイ乗りは忌み嫌っている。

「日本はファッションで付けてるよ」て説明したら、「お前らにはかっこよく見えるのか?こんな雁字搦めの物が…」彼の気持ちも良くわかる。ぼくはカフェレーサーは好きだがこれは好きじゃないんだよね。

そして

「おいお前、どっから来たんだ?」

ヒッ!日本から走って来た。。。です。。

「なに…!?おいお前ら!こいつ、すごいぞ!」





真ん中の男カール。

「スコットランドに日本の友人が居るから電話してみるね」

電話を手渡された。

「もしもし、これからなんか予定あるの?ないのね?なんも決めてないのね?スコットランドへ来なさい!大変良い所だから!明後日きなさい!暫く居なさい!詳しくはカールに聞きなさいね!じゃ!」

……は〜い笑

カールとはまた明日、走りに行く約束をしてお別れ。ロンドンを案内してくれると。

そしてこのいかつい男、デイブ。
「お前みたいなバカは初めてだワハハ愉快だ!ちょっと待ってろ!おい!マーク!」



ACECAFE代表 マーク•ウィルスモア





この日の僕の記事がACECAFEタイムズに載った。

そんで帰ろうとしたら別なスタッフが
「ゆっくりしてけよ。コーヒーのむか?」

この日すでにコーヒー三杯目。すべてご馳走になっている。

また出発しようとすると

「ボスからしばらく待たせろと言われてる。コーヒーもう一杯のんでけ!」

??なんや?

マークが降りてきた。

「スコットランドに行くらしいな?ここへ行け。話はついてる」

REDTROPED バイク系アパレル会社でグラスゴーに本社ある。
この会社はACECAFEのスポンサーであり、マンクスTTにも出資してるイギリスのバイク乗りでは知らない者は居ないのだとか。

「記念に、ウェアを提供してくれるそうだ」

うほーすげぇ!英雄扱いやがな!
皆にお別れを、って、みんな見送りに来てくれてる!

明日また来るから大丈夫だよ!ほな!
とお別れ。

その夜。デタラメに走りキャンプ地を探した。

またも雨が降って来た。雨宿りしながら真夜中に南ロンドンのキャンプ場に着いた。

「もう閉まってるよ。でも勝手に入って設営しちゃいな。」



ダーレン。最初キャンプ場のオーナーかと思った。
彼はモーターホームに住む住人で、入り口で止まる僕を見ていたのだった。

ダーレンも1200GSに乗っていて「いつか会社をやめてお前みたいな事をするよ」って。

モーターホームは、ロンドン近郊では極めてポピュラーな住居スタイル。
宿代が高いから、これに住みながら移動するって訳。日本だと場所がないよね…

「腹へったろ?飯食いに行こうぜ」

近くのカレー屋に連れてってもらう。
旅の写真を交えて色々な話しをした。
ダーレンもバイクがかなり好きらしく
毎年スコットランドへ仲間達とツーリングへ行くそうだ。

「帰りはどうするのか?」
この時はまだ、陸路で帰るつもりだった。
それを話すと彼は大いに喜んだ。
あの事件を話すとこの兄貴は、誰よりも悔しそうな顔をしていたと思う。
電話越しからそれが伝わった。

その夜は豪雨。キャンプ場だからクマに怯えず眠る事ができた。

翌朝も豪雨。しばらくキャンプ場を出なかった。
欧州のキャンプ場ってやつは素晴らしく、洗濯機やシャワーがついている。
そしてめちゃめちゃ安いのだ。

早く日本でもキャンプしたいなあ。

夕方、カールと待ち合わせをしていたACECAFEへ。

ちょっと遅刻しちまったが、「ロンドンじゃ仕方がない。」と。

中心ロンドン(グリニッジ〜テムズ川周遊)をクルージング。
久々身軽になったこのエンデューロマシンを楽しんだ。

あまりにもハイペースだったので写真はまた今度…

このカール、また出来た兄貴で
「宿代高いだろ?ウチは生憎モーターホームで狭いけどよかったら泊まってくれ。明日はアラントンでちゃんとベッドで眠れるよ!」

そこまでしてもらって何なんで、晩飯は僕が出すよと

「だめだめ!とりあえずお前が無事に帰ったら日本に遊びに行くからそん時ごちそうしてくれ!」

(今は)イギリス人の大半は好きじゃない。が、カールやダーレン、ACECAFEのみんな、後に会うビクトリアみたいな良い友人もいる。

これから一概に人種で嫌う事はしないだろう。



カールんち。



イングリッシュ朝飯。ゲフッ

「帰って来たらまた走りに行こうぜ!連絡くれよ!」

僕はスコットランドへとバイクを走らせた。

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HN:
Minohara
性別:
男性
職業:
ワールドルンペン
趣味:
music & motorcycle
自己紹介:
このたびの災害により、被災または避難された皆様におかれましては、心からお見舞い申し上げます。

1986年生まれ
三年半勤めた建築写真事務所を退社後、
2011年8月27日よりオートバイで大陸に乗り込む。
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