明日はどっちだ?
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UNCHAIN DAYS チョルノーヴィリ
2011.10.19 Wednesday
更新が滞っておりました。申し訳ございません。
現在、ドイツはデュッセルドルフにてオートバイの修理待ちです。
3/11日、午後2時46分。あの日皆さんはどうされてましたか?
僕は働いていて、高い所に居ました。今でも忘れられません。
その次の日、福島ではさらにとんでもない事が起きましたね。
TVでは超望遠カメラで30km圏外から撮影された爆発の映像が何度も再生されてました。当初は認めなかった炉心融解も、今や政府は認めざる追えなくなりましたね。
遡る事1986年4月26日。旧ソビエト連邦チェルノブイリ原子力発電所四号炉では炉心融解なるとんでもない事故が起きました。
今回の旅では、僕は此処を訪れて、自分のできる限りで状況を伝えなければならない。これからの日本と照らし合わす意味でも。そんな思いでやってきた。
キエフ二日目、ウクライナ在日本大使館を尋ねた。
僕「現場はどうなってますでしょうか?」
担当者「現在、石棺をさらに覆う作業をフランスの原子力関係の会社が作業しております。それに伴い、観光ツアーは中止しております。あと、何故か最近は汚染のレベルがさらに高い数値を出して危険な状況です。」
僕「その作業をしている作業員の方々とは…」
担「…恐らく所在のわからないような…」
僕「住んでいる方が居ると聞いたのですが」
担「ええ。やはり村を捨てきれなかった方々が少数ですが生活をしております。それと、不法に入ってきた人々が…」
僕「制限エリアの侵入はそんなに簡単ではないと思うのですが…」
担「ええ、今や国家レベルの訪問じゃなければ、簡単に入れません。しかし、範囲が広大(半径30km、ベラルーシ側も含めて)なため、一部制限ラインが老朽化していて、不法に入る方々までは把握しきれてないのだと…」
僕「その人達の目的は?」
担「大半が密猟です。あの中は絶滅危惧種、その他野生動物の宝庫でもありますから」
僕「中で生活されている方の物資供給はどうされているのでしょうか」
担「…それについてはわかりかねます」
なるほどなるほど。予想通り入る事は難しいな。それなら、ライン上を廻ってみよう。
僕「何か僕にできる事はありますか?」
担「いや、ここまで来てくださっただけでも充分ですよ。最近は日本人の方がこうしてやって来てくれる事が多くて、嬉しいですね。ウクライナの大統領も、福島の事は大変気にかけてくれています。先輩…じゃないけど同じような負の遺産を背負った同士、助け合おうといつも励まされてます」
そうだよなぁ。
ソビエトから独立して、ウクライナにはこれをなんとかする義務がある。
人が住めるようになるには、あと600年かかるそうだ。
日本は、どうだ?何かできる事は、ないだろうか。
おい政府、保安院、枝野。正しい事を教えてくれないか。黙っているだけじゃ、わからないだろ。この先の事。
チョルノーブィリへ。(ウクライナ語表記だとチョルノーブィリ)
キエフから約100km。東京なら御殿場、高崎、日立ぐらいか?
近づいてきた。青看板の右側、チョルノーブィリと書いている。
木の大きさがどうにも不自然なんだよな。
小さめだが30km圏内へのゲートが見えて来た。警官が一人出て来たが、くわえタバコで去って行った。
別なエリアへ移動してみた
人が暮らせる場所と暮らせない場所の線引きなら、とても曖昧な気がする。
こうして自分のカメラとiPhoneで撮影をしていると、一組の親子に声をかけられた。
「お祈りをするから一緒にいらっしゃい」
墓地へ連れていかれる。親子連れだから、大丈夫だろ。
「中へ入れてあげるから、タバコと少しお金を頂戴」
… わからないフリをした。賄賂用免税マルボロだけわたす。
そしたらこのおばちゃん、墓で声をあげてわんわん泣き出したじゃないか。
「この人は、事故が原因で死んだの。まだ22歳だったのよ」
「この人は私のママ。事故の直後、
亡くなってしまったわ」
「火あるかしら?」
!?
泣きながら墓に抱きつきながら、タバコを吸い始める。
しばらくわんわん泣いている。タバコをを投げ捨てまた新しいのに火をつけてまたわんわん泣いている。
…うーむ。演技してんのか?
と思ったら泣き止んで、「じゃあ、中に入るよ!」って元気良く。
「ダバイ、ダバイ!(ok!」てな感じ。
一応お金を少し渡す。おばちゃんは受け取らず、「子供にあげて」と。
有刺鉄線沿いに進むと、あらら、一部脆くなって外れてるではないか。
そりゃそうだ。25年も経っていた。こうならない方がおかしい。
※この辺はあまりiPhoneで撮影してないのでまた後日。
中へ入ると、
すぐに森林。彼等はキノコを取り始める。
「私達は毎日ここでこうして取って食べている。けれど、祈っているから大丈夫なの。(祈る仕種)子供も元気でしょ?だから大丈夫なのよ」
ほんまかいな…
少しするとヘリの音。
近い、近づいてくる。彼等はまだキノコを取っている。
さすがに低空飛行でピンポイントで近くを飛ぶと、隠れだした。
「ニェ、フロブーラム(おそらく問題ない」とひたすら言っていた。祈る仕種を始めた。こればっかりは勘弁…
見つかったら僕は不法侵入→逮捕=強制送還か。勘弁しておくれ。
しばらくじっとしていたら、ヘリは去った。僕らも早めに抜け出した。
おばちゃん達は僕にキノコを渡してくれた。気持ちだけで結構だったんだが、断っても断ってもポケットに…
キノコを計測。
うーむ…
出直す事にした。キエフのみんなが帰りを待ってる。
恐らく、電気はもう流れないだろう。
翌日。ウクライナ側を隈なく廻ってみる事にした。
メインゲート付近。
道が不気味なぐらい良い。
付近を撮影している最中、大きな真っ白なメルセデス製のバンが五台ぐらい連なってやってきた。
撮影しようとカメラを構える、、、
「ニェ、フォトグラフィエー!(撮るなー!」
警官が五人ぐらい走って追っかけてくるではないか!
あわててバイクに跨りノーヘルで逃げる。
逮捕されても始まらないからな。というか終わりだ。
大分、傷んでるな…
一体何処まで続くのだろうか。
気付けばフェンスもなくなる。
またもや深い森。
プリピャチ川。冷却水路、原子力発電所へ通じていく。
以下資料
作業員達が住んでいたプリピャチ村のモニュメント。川の名前が由来。
プリピャチ村の観覧車。二度と人を乗せる事はなかった。
放置された軍の車両。今回はお目にかかれなかった。恐らく中心には沢山あるだろう。
事故直後。作業員達が駆り出される。多分彼等は帰らなかった。
再び、僕の写真。
この辺りはやたら高濃度だった。
この有刺鉄線っが早く取っ払われる日を願う。心より、願うよ。
これらはブログ用にiPhoneで撮影している写真ですが、無断使用はご遠慮下さい。必ず、unchain15@gmail.comへご連絡下さいますよう、よろしくお願いします。
次回から、普通の旅日記へ戻りますね。
現在、ドイツはデュッセルドルフにてオートバイの修理待ちです。
3/11日、午後2時46分。あの日皆さんはどうされてましたか?
僕は働いていて、高い所に居ました。今でも忘れられません。
その次の日、福島ではさらにとんでもない事が起きましたね。
TVでは超望遠カメラで30km圏外から撮影された爆発の映像が何度も再生されてました。当初は認めなかった炉心融解も、今や政府は認めざる追えなくなりましたね。
遡る事1986年4月26日。旧ソビエト連邦チェルノブイリ原子力発電所四号炉では炉心融解なるとんでもない事故が起きました。
今回の旅では、僕は此処を訪れて、自分のできる限りで状況を伝えなければならない。これからの日本と照らし合わす意味でも。そんな思いでやってきた。
キエフ二日目、ウクライナ在日本大使館を尋ねた。
僕「現場はどうなってますでしょうか?」
担当者「現在、石棺をさらに覆う作業をフランスの原子力関係の会社が作業しております。それに伴い、観光ツアーは中止しております。あと、何故か最近は汚染のレベルがさらに高い数値を出して危険な状況です。」
僕「その作業をしている作業員の方々とは…」
担「…恐らく所在のわからないような…」
僕「住んでいる方が居ると聞いたのですが」
担「ええ。やはり村を捨てきれなかった方々が少数ですが生活をしております。それと、不法に入ってきた人々が…」
僕「制限エリアの侵入はそんなに簡単ではないと思うのですが…」
担「ええ、今や国家レベルの訪問じゃなければ、簡単に入れません。しかし、範囲が広大(半径30km、ベラルーシ側も含めて)なため、一部制限ラインが老朽化していて、不法に入る方々までは把握しきれてないのだと…」
僕「その人達の目的は?」
担「大半が密猟です。あの中は絶滅危惧種、その他野生動物の宝庫でもありますから」
僕「中で生活されている方の物資供給はどうされているのでしょうか」
担「…それについてはわかりかねます」
なるほどなるほど。予想通り入る事は難しいな。それなら、ライン上を廻ってみよう。
僕「何か僕にできる事はありますか?」
担「いや、ここまで来てくださっただけでも充分ですよ。最近は日本人の方がこうしてやって来てくれる事が多くて、嬉しいですね。ウクライナの大統領も、福島の事は大変気にかけてくれています。先輩…じゃないけど同じような負の遺産を背負った同士、助け合おうといつも励まされてます」
そうだよなぁ。
ソビエトから独立して、ウクライナにはこれをなんとかする義務がある。
人が住めるようになるには、あと600年かかるそうだ。
日本は、どうだ?何かできる事は、ないだろうか。
おい政府、保安院、枝野。正しい事を教えてくれないか。黙っているだけじゃ、わからないだろ。この先の事。
チョルノーブィリへ。(ウクライナ語表記だとチョルノーブィリ)
キエフから約100km。東京なら御殿場、高崎、日立ぐらいか?
近づいてきた。青看板の右側、チョルノーブィリと書いている。
木の大きさがどうにも不自然なんだよな。
小さめだが30km圏内へのゲートが見えて来た。警官が一人出て来たが、くわえタバコで去って行った。
別なエリアへ移動してみた
人が暮らせる場所と暮らせない場所の線引きなら、とても曖昧な気がする。
こうして自分のカメラとiPhoneで撮影をしていると、一組の親子に声をかけられた。
「お祈りをするから一緒にいらっしゃい」
墓地へ連れていかれる。親子連れだから、大丈夫だろ。
「中へ入れてあげるから、タバコと少しお金を頂戴」
… わからないフリをした。賄賂用免税マルボロだけわたす。
そしたらこのおばちゃん、墓で声をあげてわんわん泣き出したじゃないか。
「この人は、事故が原因で死んだの。まだ22歳だったのよ」
「この人は私のママ。事故の直後、
亡くなってしまったわ」
「火あるかしら?」
!?
泣きながら墓に抱きつきながら、タバコを吸い始める。
しばらくわんわん泣いている。タバコをを投げ捨てまた新しいのに火をつけてまたわんわん泣いている。
…うーむ。演技してんのか?
と思ったら泣き止んで、「じゃあ、中に入るよ!」って元気良く。
「ダバイ、ダバイ!(ok!」てな感じ。
一応お金を少し渡す。おばちゃんは受け取らず、「子供にあげて」と。
有刺鉄線沿いに進むと、あらら、一部脆くなって外れてるではないか。
そりゃそうだ。25年も経っていた。こうならない方がおかしい。
※この辺はあまりiPhoneで撮影してないのでまた後日。
中へ入ると、
すぐに森林。彼等はキノコを取り始める。
「私達は毎日ここでこうして取って食べている。けれど、祈っているから大丈夫なの。(祈る仕種)子供も元気でしょ?だから大丈夫なのよ」
ほんまかいな…
少しするとヘリの音。
近い、近づいてくる。彼等はまだキノコを取っている。
さすがに低空飛行でピンポイントで近くを飛ぶと、隠れだした。
「ニェ、フロブーラム(おそらく問題ない」とひたすら言っていた。祈る仕種を始めた。こればっかりは勘弁…
見つかったら僕は不法侵入→逮捕=強制送還か。勘弁しておくれ。
しばらくじっとしていたら、ヘリは去った。僕らも早めに抜け出した。
おばちゃん達は僕にキノコを渡してくれた。気持ちだけで結構だったんだが、断っても断ってもポケットに…
キノコを計測。
うーむ…
出直す事にした。キエフのみんなが帰りを待ってる。
恐らく、電気はもう流れないだろう。
翌日。ウクライナ側を隈なく廻ってみる事にした。
メインゲート付近。
道が不気味なぐらい良い。
付近を撮影している最中、大きな真っ白なメルセデス製のバンが五台ぐらい連なってやってきた。
撮影しようとカメラを構える、、、
「ニェ、フォトグラフィエー!(撮るなー!」
警官が五人ぐらい走って追っかけてくるではないか!
あわててバイクに跨りノーヘルで逃げる。
逮捕されても始まらないからな。というか終わりだ。
大分、傷んでるな…
一体何処まで続くのだろうか。
気付けばフェンスもなくなる。
またもや深い森。
プリピャチ川。冷却水路、原子力発電所へ通じていく。
以下資料
作業員達が住んでいたプリピャチ村のモニュメント。川の名前が由来。
プリピャチ村の観覧車。二度と人を乗せる事はなかった。
放置された軍の車両。今回はお目にかかれなかった。恐らく中心には沢山あるだろう。
事故直後。作業員達が駆り出される。多分彼等は帰らなかった。
再び、僕の写真。
この辺りはやたら高濃度だった。
この有刺鉄線っが早く取っ払われる日を願う。心より、願うよ。
これらはブログ用にiPhoneで撮影している写真ですが、無断使用はご遠慮下さい。必ず、unchain15@gmail.comへご連絡下さいますよう、よろしくお願いします。
次回から、普通の旅日記へ戻りますね。
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COMMENT
- 更新待っていました
-
久しぶりの更新を見ています。
15君のチョルノブイリへの祈りの思いが遂げられ、第一目的達成で嬉しく思います。
危険地帯との境界の生々しい写真を沢山見せて貰いました。
寂寞荒涼とした光景は人間の愚かさを如実に物語っていますね。
爺も技術者の端くれであるが、今回の福島の原発事故には怒り心頭に達した。
日本科学技術行政の不備でその恥を全世界に晒した。
政府、東電、関係業者、御用学者らのとった処置と態度は緩慢無様でまたまた年寄を怒らせている。
爺は15君と行動をせめて地図の上でも共にしようと、googleマップ を活用している。
チョルノブイリの様子を知りたい、爺も一緒である。
航空写真を拡大した。
チョルノブイリ市街から見て北東に Pripyat River が流れているね。この川に平行して大きな湖がある、この湖までチョルノブイリ市街から北西10km、さらに西の湖岸を20km行くとChornobyl Power Point 、つまり件の事故原発が見える。この巨大湖はCooling Pond とある、原発の冷却湖である。
図で見るとチョルノブイリ市街はぎりぎり原発から30kmのチョット外に出るようだが、どうなのだろう。
拡大すると例の巨大石棺がそしてあたり一面セメントの白で塗りつぶされている。
異様な光景に気持ちが悪くなる。
4基も破壊した福島第一の光景はもっと気持ちわるいね。
ドイツで充分疲れを直して、バイクも再整備して次の目標に向かって下さい。
安全な旅を祈る。
niigata jii ba
- 無題
-
うーん。色々考えさせられますね。
ついこの間チェルノブイリ関係のドキュメント観たばかりなんすよ。ジュウゴさんがその場所に居るという生々しさ。
帰国後に貴殿の話を伺うには、ちょっとやそっとの時間じゃとても足りないんでしょうねw
何はともあれ良い旅を!
- 無題
-
もとくに君
当たり前だのクラッカー!てちと古いか。
さくらさん
ベラルーシ側はもっと悲惨みたいです。近々、
訪れたいと思います。
ちびまるこ氏
多分、しらんのやろ。おばちゃんはいいかもしらんけど、子供(八歳ぐらい)やからなあ。大丈夫かな
新潟じさまばさま
こんばんは。
おかげでオートバイも自分もすっかり回復しましたよ。
ここが衝撃すぎて、どの場所にいっても何も感じなくなってしまいました。もうしばらく居てもっと写真を撮るべきでしたね。
福島は安全、ありゃ大嘘でしたね。誠に許し難い。これからのこの国の事を考えると、
どうしていいかわからないです。
カワマタさん
ドキュメンタリーは何観ました?
河川敷でべろんべろんに酔っ払いながら語らいましょう。多分みんなやってきますよ(笑)
smkさん
子供の目か。
純粋で無垢だったよ。ロシアの子供達もそうだった。
日本やヨーロッパでも同じような子供の目は見れないだろうな
- あえて意見を
-
東電の対応は腹ただしい。犯罪と言いたい。政府の対応もダメだ。ましてや、人災である原発で被災された方々には言葉もかけられない。
しかし、それは原子力発電という技術そのものに責任があるのではない。運用した人間に責任がある。
近未来としての将来、人類が宇宙へ進出するには、核融合を主軸とした原子力が必須と考えています。
そもそも、核分裂で科学技術が停滞し、それに利潤を求めて産業化した今までの流れに険悪感を持っています。
今回の悲惨な状況・過去の事件を踏まえてでも、あえて、安全を最優先に未来の主軸となるエネルギー源を求める研究・開発活動を是非、これからの日本人が担ってもらいたい。諦めずに知恵を出しあっていきたい。
正直に、技術者の末席にいる者としてこれからの未来に希望を持ちたい気持ちです。
今回の件で日本人が後ろ向きにしか考えられないようになってしまわないことを希望します。
(エラそうなことを言えるような者ではないのですが。ホント。)
P.S.
安全最優先。
かあるさんへ
ほんと、その通りでございます。
東電もそうですが今話題の九電。とんでもないやつらばかりでございます。
記者会見の会場を出たら舌を出して悪態をつくような、奴等には怒り心頭です。
さらに腹が立ったのは地震直後に出馬表明をした石原。あんな事があった直後へらへら笑いながら地震のうんちくなんか語ってやがりました。
上の人、現場の人に任せ切りな世の中じゃあだめですね。一体僕らには何ができるのでしょうか。
東電もそうですが今話題の九電。とんでもないやつらばかりでございます。
記者会見の会場を出たら舌を出して悪態をつくような、奴等には怒り心頭です。
さらに腹が立ったのは地震直後に出馬表明をした石原。あんな事があった直後へらへら笑いながら地震のうんちくなんか語ってやがりました。
上の人、現場の人に任せ切りな世の中じゃあだめですね。一体僕らには何ができるのでしょうか。
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プロフィール
HN:
Minohara
性別:
男性
職業:
ワールドルンペン
趣味:
music & motorcycle
自己紹介:
このたびの災害により、被災または避難された皆様におかれましては、心からお見舞い申し上げます。
1986年生まれ
三年半勤めた建築写真事務所を退社後、
2011年8月27日よりオートバイで大陸に乗り込む。
1986年生まれ
三年半勤めた建築写真事務所を退社後、
2011年8月27日よりオートバイで大陸に乗り込む。
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